明るい家族計画


 その日もゴム製品の販売機は俺を追いかけてきた。
「避妊具をつけない状態での交接は法律で禁じられています。交接の際には必ず避妊具を身につけ……」
 電子音でつくられた、色気のない女性の声が後ろから聞こえる。探査レーダーの範囲を抜け出したと判断した俺は側の路地に入り、大きな屑籠の影に身を潜める。レーダーからもカメラからも俺の姿を見失った販売機は屑籠の横をすり抜け、大通りの向こう側へと消えていった。
「やれやれ」
 一つ危機を切り抜けたことによる安堵のため息とともに、俺は立ち上がった。だが、まだこれで終わったわけではない。
「パパ!」
 背後から別の声がした。今度は生気の感じられる、健康的な声だ。
 振り向くと、保安局の制服に身を固めた娘のエマが電子銃の銃口を向けていた。
「やめなさいエマ。父親にそんなものを向けるもんじゃない」
 俺は穏やかに娘をなだめようとしたが、返ってきたのは怒声だった。
「その父親のせいであたしたち全員がこんなに苦労しているんじゃないの! 今日という今日は許さないわよ!」
 俺は父親として、前から一度言ってやらなければならんと思っていたので、言った。
「あんまり怒るな。エネルギーを無駄にすると胸まで栄養がいかないから、いつまでもAカップのままだぞ」
 エマが電子銃を乱射するのと、俺が逃げ出したのはほぼ同時だった。
 近年の人口増加による食糧不足が原因か、最近私の子どもたちが皆怒りっぽくなって困る。次の子どもこそは素直で温厚な子に育てよう、と俺は心に誓った。
 ドラッグストアの裏口で立ち止まった俺は周囲を見回した。誰もいないのを確認してからその裏口に飛び込み、暗い階段を降りる。突き当たりの錆びた鉄扉を五度ノックすると、ドアが薄く開いて、ピンク色の内装が目に飛び込んできた。
「待ったかい? ナタリー」
 俺は九千九百九十九番目の新しい愛人に笑顔を投げかけた。

 十ヶ月後。ナタリーは俺の三万七千九百九十六番目の子どもを無事出産し、この星に唯一残ったメガロポリスの人口は四万七千九百九十六人となった。

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