雛人形失踪事件


「内親王と右大臣はまだ見つからぬのか!」
 何度目かになる皇子の叱責を受けて左大臣は額を敷布に擦り付けた。
「申しわけございません。五人囃子と三人仕丁を総動員して探し回っておるのですが……」
「祭りがはじまるまでもう一刻もない! いったいどうするつもりだ!」
「日付が変わるまでには何とか! お願いいたします! もうしばらくの猶予を……」
 厄介なことになった。頭を下げたまま左大臣は毒づいた。あの右大臣がやって来たときから、いやな予感はしていたのだ。
 昨年、当時二歳だった次女が、雛壇にいたずらをして先代の右大臣を壊してしまった。それで今年は、右大臣が新たに買い足されて彼らと同じ雛壇に飾られることになったのだ。
 新しい右大臣は、京都の老舗人形店でつくられたものだった。同じ雛人形でも、デパートのセールで買われた左大臣たちとはまったく違う。顔立ちは上品でたおやかだし、着物の生地は京友禅だ。内親王が田舎っぽい皇子よりも洗練された容姿の右大臣に惹かれるようになったのは、当然の成り行きだった。
 だからといって雛祭りの前日に駆け落ちすることはないだろう、と左大臣は思った。人形にだって最低限の道義はある。よりにもよってこの日に姿を消すなど、あまりにも道義にもとる仕儀ではないか。
 ともかくも何とか皇子をなだめようと左大臣は頭を上げた。だが次の句は、駆け寄ってきた女官長によって遮られた。
「どうした女官長」
 大上段から皇子が声をかける。女官長は視線を上げた。
「申し上げます。内親王様と右大臣様を発見いたしました」
 皇子と左大臣は同時に驚いた。
「何と! いったいどこで発見されたのじゃ! して、お二人は無事なのか!」
「御二方様は、犬小屋の内にて発見されました。仕丁たちが見つけたときには、御二方様はすでに五体バラバラの状態で……」
 左大臣は小さく呻いた。おそらく逃走の途中で番犬のショウイチに発見され、散々に噛み破られたのであろう。許されざる恋の哀れな末路だった。
「これでは祭りが執り行えぬ……。どうするのだ左大臣!」
「そう申されましても……」
 聞きたいのは左大臣の方だった。このままでは何ともみっともない雛人形になってしまう。左大臣は文字通り頭を抱えた。
「左大臣様……」
 隣で見ていた女官長が気遣わしげに声をかけたが、左大臣には何の気休めにもならなかった。
 女官長はその姿を沈痛の面もちで眺めていた。しばらくそうしていたが、ついに何かを決心したように顔を上げ、口を開いた。
「皇子。わたくしに一つ、案がございます」

「ママー!」
 三日の朝、長女の声に呼ばれて雛壇までやって来た母親は目を見開いた。
 内親王が座っているべき場所には長女の平安バニーが、右大臣の場所には長男の超合金皇族戦隊ミコレンジャーが、人形たちと並んで座していた。

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