ハイスケール! 鬼面組


 しんしんと降る雪の中を今年もヤツらはやって来た。鬼面組がやってきた。
 雪を踏み踏みのしのし歩き、闇に鬼面を光らせて。

 どんどんと激しくノックされる音に舌打ちしながら、前田綾は2DKマンションの扉を開けた。そこには鬼の仮面をつけた怪しい人物が五名、並んで立っていた。
「トニックオアトリートメント!」
 何か言い返したかったが黙っていた。いったいどこから突っ込むべきか、迷っていたのだ。
「トニックオアトリートメント!」
 別の人物が繰り返した。どうやらこの五人は全員男性のようだ。
「今日は節分じゃなくてバレンタインよ」
 とりあえずそこを突っ込むことに決めたらしい。
 リーダーらしき男が一歩前へ出た。
「わかっている。だからさっきから言っているのだ。チョコレートを寄越せ、と」
 わかってない。そう言いたいのをかろうじて飲み込んだ。
「お断り。何で見知らぬあんたたちにあげなくちゃいけないの?」
「それは我々が今までに一度もチョコを貰ったことのない者たちの集まりだからだ」
 これも一種のカミングアウトといえるかもしれない。
「はあ? あんたたち、バカじゃない? 誰もあんたたちなんかにくれるわけないジャン。どうせアンタらアレでしょ? 自分たちが今までにチョコレート貰ったことないからってこんなコトしてるんでしょ? そうよね。こうでもしないとチョコレートなんて一生もらえない人間だものね。ってゆーか、アンタら、人間やめたら? 生きてる価値ないでしょ。キャハハハハ! モテない男にはチョコを貰う資格なんてないのよ、お生憎様!」
「そうか」
 それまで黙って聞いていたリーダーらしき男は懐をごそごそと探った。そして一枚の写真を取り出した。
「これは君と彼氏との交接を撮影した写真だ」
「なっ」
 そこには確かに綾と彼氏とのその最中がしっかりと焼きつけられていた。
「あんたたち! こんなのいつ撮りやがったのよ!」
「答える必要はない。これを横浜で開催される某オタクの祭典でバラ撒かれたくなければ、素直にチョコを寄越すがいい」
「くっ! この変態! 出歯亀野郎!」
「自社の製品に『生搾り』とかつけるビール会社ほどではない。バレンタインは、お前のようにチョコ一つで人間の価値を判断してしまう雌豚には必要ないものなのだ。さあ、渡すのか渡さないのか、どっちだ?」
 綾は渋々チョコを渡した。
 漢たちは円陣を組んだ。
「義理チョコ、ゲットだぜ!」
 違うわよ、と言いたかったが綾の気力はすでに尽きていた。

 竹島ナナコが扉を開けるとやっぱり鬼面をつけた五人が立っていた。
「トニックオアトリートメント!」
 ナナコは容赦なく冷たい視線を叩きつけた。この手合いにはこれが一番効くことをよく知っていたからだ。
「と、トニックオアトリートメント!」
「それを言うならトリックオアトリート」
 鋭い突っ込みと視線に男たちは後ずさった。そのまま全員でしばらく小声で相談していたが、やはりリーダーが皆より一歩前に進み出、胸を張った。
「い、いたずらされたくなければ素直にチョコレートを渡せ!」
 リーダーは何とか気力を振り絞って、言った。ナナコはため息をつくと部屋の中に戻り、袋を一つ持ってきた。
 麦チョコだった。こんなこともあろうかと、用意していたのだ。
 漢たちはやはり円陣を組んだ。
「麦チョコ、ゲットだぜ!」
 それなりに語呂はあっていた。

 バレンタインの夜にチョコレートを狩り集める漢たち。その名は鬼面組。
 もしもモテない男たちをバカにすることがあれば、鬼面組は君のもとにも現れるかもしれない。
 今日も戦え、鬼面組。モテない男のひがみを糧に!

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